TEXT/ASAYO TAKII
人ごみ、排ガス、カルキ臭い水……。
苦手なものばかりの都会の中で、
サトミは小さな身体でベースを抱きかかえてる。
18歳の時、音楽の専門学校に入るために北海道から上京した。
東京って縦長の街だな、ってサトミは思った。
「道は狭いのに、ダーッて高い建物が並んでいてびっくり。はじめて渋谷に行った時には、人ごみが嫌だった。
それになんか空気にスモークがかかってるなって思った。排ガスだって気づいて、ずっと顔にハンカチ押し当ててた。
水もまずくて、最初は歯を磨いただけでオエーって感じで」
そんな最悪な印象だったこの街に住んでもうすぐ2年。
身長150センチ、40キロに満たない身体で、精力的に昼間はバンドの練習、夜は近所の居酒屋でアルバイト。
ベーシストとして2つのバンドをかけもちして、ボーカルや作詞作曲もこなしている。
ザ・ピーナッツや奥村チヨなど60’sをカバーした女の子だけのバンド、“タイガー・リリイ”のライブでは、
マリリン・モンローに扮してベースを抱えるサトミ。
「今一番大切なのは、やっぱり、バンドかな。ライブやスタジオでセッションしてうまくいくと、
気持ちが絶頂になっていって、すっごく楽しー!!って思う。でも、プロデューサーにあれこれ言われるのは嫌い。
やりたいことできないならプロにはなりたくないし、お金がなくても好きなことやっていたい」
1DKの家賃は6万6千円。あとから東京にやって来た姉と一緒に住んでいるけれど、家賃はサトミが払っている。
「本当は今のアルバイト、夜だしきついからやめたいけれど、バンドやってるとなかなか普通に就職できないし。
今、知り合いからもらったバイオで、パソコンの勉強してる。ホームページとか、作る仕事ができたらいいな」
パソコンのポインターは、お気に入りのアニメ、「ガンダム」が回転するもの。
おもちゃやフィギュアが大好きで、中野のお店によく足を運ぶ。
「お金ないのに、ついつい欲しくなっちゃって。ふふ。ほこりかぶらないように、専用のガラスケースがほしいな」
一人でいることが好き。でも、夜、誰かがいないと眠れない。
今の恋人と知り合ったのは3カ月前。バイト先の居酒屋に、上司と一緒に飲みに来てた。
いろんな客に声をかけられるなか、彼に惹かれた理由は「純粋そうだったから」。
「海水浴に行ったことがない」って言ったら、「今度連れていってあげるよ」って言ってくれて、
メールアドレスを交換した。何度か会ってつきあいはじめてから、
約束通り、2人で電車に乗って三浦海岸に行った。
ケンカはしない。サトミは怒ると無口になり、彼は怒ると帰る。一晩寝れば忘れるから
、冷静な時に話そう、って言ってくれる。
彼の仕事が終わる5時半からサトミがバイトに行く6時半まで、平日は1時間に満たないひとときを過ごす日々−−。
なかなかなじめなかった都会のなかで、
サトミは今、自分の居場所はここだと、感じはじめている。
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