2001年9月29日30日、10月1日と、佐賀県武雄市の一ノ瀬泰造の故郷を訪ねた。

アサヒカメラ12月号に武雄の町を撮影して発表するためだ。

ここで紹介する写真はmemoとして、canon D-30で撮影した。

アサヒカメラに発表する写真は、4x5インチのカメラで撮影している。

おりしも台風が接近していて、30日の日は大雨だった。

武雄市武雄にある一ノ瀬の実家。一ノ瀬泰造はここで生まれたわけではない。

彼がベトナムに行っている間に引っ越した。それでも彼の姉の結婚式のおり、この家に帰って来た。

なぜか泰造は結婚式には出席しなかった。母親が最後に別れたのも、この家の前だった。

今年(2002)の春、泰造の父、清二氏が亡くなった。

母、信子さんは泰造のまだ発表されていない写真をまとめるべく今もプリントしている。

足腰は弱っているようだったが、かくしゃくとしていて、息子泰造のことを語る時は、

まるでほんの数年前の出来事だったように話す。

一ノ瀬泰造の墓。父清二さんと共に眠る。

泰造と清二さんの、のど仏が納めてある。

近くの古い住宅。一ノ瀬が生きていた時代こういう住宅が日本中に溢れていた。

桜山 武雄の町のあちこちから見える。どこかアンコールワットの尖塔に似ていた。

武雄温泉駅

武雄温泉駅前 右隣の喫茶店に入った。

その喫茶店にSさんがいた。写真屋さんに勤めてるといっていた。

彼女のポートレイトがたぶんアサヒカメラ12月号の表紙になる。