26 JUL.1976 Omaezaki Shizuoka Japan

 僕がフリーになったばかりの翌年、ある日横尾忠則さんが、僕が撮った、

週刊プレイボーイの、ランナウエイズという、

当時人気のあったアメリカの女性ロックグループの写真を見て、電話をしてきた。

京都の着物の会社のカレンダー制作の依頼だった。

着物は三宅一生さんのコレクションの洋服生地を使用するという。

そのコレクションのテキスタイルデザインを横尾さんが担当していた。

 横尾さんとは、僕は篠山さんのアシスタント時代、一緒にインドに行き、面識はあった。

しかしそのころは横尾さんと仕事するなんて想像もしていなかった。

 横尾さんはアイデアから、段取りまで、全て僕にまかせてくれた。

僕は表紙を入れて7カットの撮影プランを出した。

撮影中横尾さんはひとり海岸で瞑想していた。

 モデルは山口小夜子さん、HAIR &MAKEは川辺サチコさんだった。

当時の超一流のスタッフとの撮影。皆ほとんど徹夜の3日間だった。

 この写真は表紙に使用したカット。

500wのタングステンライトを一灯正面から当てただけだ。

 CANON F1 FD50mmf1.4 コダクローム64

   


27 JUL.1976 OHIGAWA Shizuoka Japan

早朝の大井川河口。太陽が昇る前に全ての準備を終えるため、

夜は一睡もしないで準備した。僕はこの写真が今でもとても好きだ。完璧なコンポションと情感。

 撮影のセットはいたって簡単だ。当時最速のチャージスピードを誇っていた、

サンパックのコンパクトオートストロボ一灯を報道カメラマンのようにカメラにくっつけただけだ。

背景と露出のバランスを取るために、何枚もモノクロのポラロイドを撮りながら撮影した。

CANON F1 FD24mmf2.8コダクローム6

28 JUL.1976 Omaezaki Shizuoka Japan

 撮影方法は、27と同じ。

いわゆるストロボの日中シンクロだ(明け方でも夕方でもそういう)

ストロボで照射する光量と、背景の景色の露出のバランスを取る。

今ではカメラがオートマチックやってくれる。

僕は、山口小夜子が踊るように逃げまわる姿を追いかけながら撮る。

この直後小夜子は突然崩れるように倒れてしまった。

僕はそれも演技だと思い撮り続けた。

皆僕の執念を褒めてくれたが、具合が悪くなって倒れたとは想像もしていなかったからだ。

それというのも強行スケジュールでの撮影、この夕方の撮影のまえに、

川の水のなかに一時間も小夜子を横たわらせて撮影したたため体調をくずしたのだった。

ただゆっくりと倒れる瞬間の小夜子の取り憑かれたような

美しさは今でも脳裏に焼きついている。

CANON F1 FD24mmf2.8コダクローム64