6 OCT.1968 Shinjuku station Tokyo
この写真は僕が学生のころ、ちょうど学園紛争の真っ最中、
1968年10月21日の国際反戦デーのおり、新宿駅構内に乱入したデモ隊が、
機動隊に排除されるまでのちょっとした平穏が、
不気味に支配した瞬間の写真だ。
この晩、騒乱罪が適用され多くの学生や労働者が逮捕された。
この時のエピソードは僕の著書「サイゴンの昼下がり」の
「戦争写真家ロバート・キャパと一ノ瀬泰造」の章で触れている。
この写真は1985年12月新宿にニコンサロンにて
開催した写真展「DAY BY DAY」特別な毎日に発表した。
カメラはコーワSW28mm、フィルムはTRI-XをDー76で高温現像。

7  AUG.1971 Tsukiji chuou-ku Tokyo
 築地明石町に、僕の友人のガールフレンドが住んでいた。和洋折衷の洒落た家だったことと、バイト先に近かったので、たまりばになっていた。そのガールフレンドの弟が小さいときお祭りの際に撮影した写真が額に飾ってあった。
たぶん1960年ごろの写真だ。
薄暗い部屋のカーテンのすき間から覗く感じ
がなんとなく面白くシャッターを切った。
この写真とNo.9の写真、他に下の2カットがカメラ毎日の
「アルバム71」というコーナーに
計4ページ掲載された。

 

僕が初めて写真家として発表した記念すべき写真だ。
フィルムはTRI-X、カメラはヤシカエレクトロ35というコンパクトカメラだ。

8  AUG.1971 Chigasaki Kanagawa Japan
学生時代によく第三京浜から横浜新道を抜け、ガールフレンドの住んでいた茅ヶ崎
に行った。加山雄三の父親の、俳優上原謙が経営していた茅ヶ崎パシフィックホテル
は夏のかきいれ時でさえ、すでにさほど繁盛しているようには見えなかった。
けれどジャングルのような室内プールがあったり、
一階のレストランはデートスポットとして質素ながら、そこで食
事をするのは僕たちには十分お洒落だった。
隣にボーリング場があり無料の駐車場は広大でいつ行っても車を止められた。
135号を横断して防風林を抜けて海岸けると、今のように護岸工事をして海岸を拡
張するずっとまえだったけれど、海岸の砂は豊富で広かった。
この場所は江の島と違って、
地元の人間か、車を持っていなければやってこれなかった。
だから湘南海岸のなかでも一番お洒落なスポットだった。
「朝の体操」
この写真は1985年12月新宿にニコンサロンにて
開催した写真展「DAY BY DAY」特別な毎日に発表した。
アサヒペンタックスSP。スーパータクマーマー28mm。TRI-X増感。

9 APRIL.1970 YOKOTA TOKYO
 ベトナム戦争最中の横田基地は、多くのアメリカ人家族が
基地周辺のハウスにも住んでいた。しかし子供たちが遊んでいる以外
閑散とした場所だった。
フェンス越しに見える基地は、美しく整備されていて豊かな
アメリカが眩しかった。
車のウィンドウに貼られた星条旗のシール。
アサヒペンタックスSP スーパータクマ20mmf4
TRI-X

10 JUL.1970 Yokosuka Kanagawa Japan
 学生時代、友人たちと車を連ね時々撮影に出かけた。
ちょっとした撮影会気分だ。
 横須賀に行こうということになり、
ドブイタ横丁をたちよった。その時目にしたのがこの資生堂のポスターだった。
この写真は1985年12月新宿にニコンサロンにて
開催した写真展「DAY BY DAY」特別な毎日に発表した。
Asahipentax sp スーパータクマー50mmf1.4
TRI-X